古い話なのだけど、
時間が経つほどに「なんだかアレはいい話だったのかもしれない…」
と忘れることができなくなって私の中で熟成してくる体験があるのだ。
良かったら読んで頂きたい。
それは今年の母の日の夕方のこと。
私は近所のマンションの前に立っている男の人を見た。
彼は紙タバコを喫っていた。
そして手にはそれはそれは小さなカーネーションを束ねたものを持っていた。
私はその時こう思った。
「ちょっと!いまどきマンションの前でプカプカ紙タバコ喫う人っている?
手には申し訳程度のカーネーションのブーケ持ってるけど、
それって思いっきりスーパーで500円で売ってるやつじゃん。
しかももう夕方だよ?
ちゃんとした花買って早く会いに来てあげればいいのに!」
道端でタバコを喫っている、ということだけで一気にネガティブな気持ちになってしまった私だったが、
時間が経つにつれ、
「外で喫ってたのはお母さんの前で喫わないためだったんだな‥
めっちゃ小さい500円ブーケだっていいじゃない?
夕方になったのだってきっと仕事終えて急いで会いに来たんだもん」
と思い直すようになり
今もそのマンションの前を通ると必ず思い出してしまう。
私などは母の日に電話の一本もできない時もあった。
でもそれは言い訳で、
だったら前もってお菓子とお花を送ることだってできたはず。
彼のように会いに来ることが一番の母の日のプレゼントなんだもの。
もう母を見送った私にはできない一番のプレゼント。
彼の風貌は忘れたが、すっかり美化されて今では私の中では横顔の浜省になっている(笑)。

浜省、来年も来てあげてね


